鯉のぼりの意味は何?由来は?サクッと見てみよう

突然ですが!!

鯉のぼりは「こどもの日」に上げるものと思ってませんか?

なんと、鯉のぼりの日程は決まっていない!

しかも地域によってもばらつきがあるんです。

私も調べるまでは、鯉のぼりはこどもの日って思ってたくらい。

では一体鯉のぼりの意味って何なのでしょうか?また由来は?

どうやら「鯉のぼり」「こどもの日(端午の節句)」は不思議な縁で結びついたみたいですね。

これも深い日本の伝統のひとつということがわかります。

ではみていきましょう。

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鯉のぼりの意味。その起源は

中国の故事に次のようなものがあります。

「黄河に竜門という滝がある。多くの魚が失敗するなか、鯉のみが登り切り竜となった」

どんな逆境にも屈せず、信念をもって己を貫き目的を達成するという姿から「立身出世」の象徴となりました。

これを「鯉の滝登り」というそうです。

また鯉は、川、池、沼などどんな環境でも生きていく生命力のたくましさがあります。人々が志を持ち、強く生きるための心の糧としたのでしょう。

中国大陸の歴史

日本と違い大陸にはたくさんの民族がいます。顔、習慣、言葉すべてがちがいます。

さらに他民族を信用しない。

大陸の歴史は戦乱の歴史でもありました。

そのような背景から、日本人の大好きな「三国志」などが生まれたんですね。

立身出世どころか生き残ることすら難しかった時代。

人々は生きるために武を求め、国を形成。そのような中から「鯉の滝登り」という故事も見出されたのかもしれませんね。

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鯉のぼり、日本の由来

日本の場合。これまた乱世の世。

ファンの多い戦国時代。

サムライたちが幟(のぼり)を挙げているシーンが映画やドラマでありますよね。

こちらは戦国の「旗指物」というそうです。

そして旗指物は端午の節句あたりに傷まないよう、虫干しのために掲げていたそう。

どうせ掲げるのならしっかり飾ろう、と変化していったのが伝統文化のひとつとなったのです。

江戸時代

武士の家では端午の節句に家紋の入った旗や幟を掲げてお祝いをしていました。

やがて将軍様が端午の節句を五節句のひとつとして法令化し、庶民にも普及。幟に縁起物である武士の絵を描いて掲げるように。

庶民が掲げるものを「絵のぼり」、「節句幟」といいました。

日本人にとって「サムライ」は特別なもの。

幟のほとんどに武士が描かれていたことから「武者のぼり」とも呼ばれたそうです。

日本の歴史をみると、戦国武将、将軍、さらには剣豪などは庶民にとって憧れであり、たくましさ、強さの象徴でもあったのでしょう。

そして現代以上に「長男が生まれること」が重要視されていた時代。

大切な長男には、強くたくましく、将来は立身出世できるような立派な男に成長してもらいたいという願いが「武者のぼり」には込められたのです。

鯉の滝登り、鯉のぼりとなる

異国の文化を自国の文化に変化させ定着させるのが日本の特徴。

極めてお人よしで、なんでも受け入れらえる大きな器をもった民族だったんですね。

立身出世の象徴であり中国の故事であった「鯉の滝登り」は、やがて「武者のぼり」と結びつき、鯉を描いた幟が掲げられるように。

そして明治時代に入ると鯉のみが独立し、現在の鯉のぼりとして知られるようになったのです。

端午の節句あたりに幟を掲げる習慣は、とくに日程も定まっていなかったようです。

鯉のぼりが地域によってばらつきがあるのもまた、日本文化のほのぼのとしたところなのでしょう。

さいごに

鯉のぼりの意味、由来の解説でした。

いかがでしたでしょうか。

こどもの日に重要なのは「兜の飾り」と「五月人形」。

さらに鯉のぼりが偶然合わさったような形みたいですね。

鯉のぼりを見たときにでも、今回のストーリーを思い出して頂ければ幸いです。

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