空手の流派、剛柔流(伝統派)は未来への可能性を秘めた空手

剛柔流(ごうじゅうりゅう)空手は様々なスタイルに枝分かれしてきた歴史ある流派。

伝統派空手に分類される団体となります。

伝統派空手とは、武道としての団体であるという意味合いからそのように呼ばれます。

伝統派空手は剛柔流の他に、松濤館流、糸東流、和道流の大きな団体があります。

これら4つを合わせて、伝統派4大流派と呼ばれます。

未来への可能性を秘めた、とはいったいどういうことなのでしょうか。

では、いってみましょう。

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剛柔流空手

剛柔流空手は沖縄出身の宮城長順(みやぎちょうじゅん 1888~1953)が開祖となります。

那覇手の達人であった東恩納寛量(ひがおんなかんりょう)から武術を学びました。

本土へ渡ったのち、宮城は那覇手に様々な研究を加えてひとつの体系を完成させます。

1930年、剛柔流と名乗りを上げ、1934年に大日本武徳会に登録。

ここに剛柔流空手が認知されるようになりました。

剛柔流空手の特徴

組手(相手との攻防練習)

剛柔流空手は守りの空手といわれます。

当然空手なので突き、蹴りの攻撃技もありますが、守りのための受け(防御)が主流。

松濤館は遠間から飛び込んでの攻撃に特徴があります。

剛柔流では接近戦を意識しており、受けてから攻撃する感じになります。

接近戦を得意とする剛柔流では肉体鍛錬に時間をかけます。

そのため松濤館の空手家のようなすらりとした体格ではなく、筋骨隆々の体格になります。

肉と肉、骨と骨がぶつかり合う戦いが古伝の剛柔流といえるでしょう。

型(一人で練習する古伝練習法)

剛柔流はとても型練習を重要視しています。

伝統派空手では型練習にかなりの時間を費やしますが、剛柔流ではさらに時間をかけます。

一般的に型をひたすら練習し、対人練習を行わない道場もあるとか。

代表的な型は三戦(サンチン)で、剛柔流では「三戦に始まり、三戦に終わる」といってもいいくらい重要な型になります。

三戦では呼吸法により全身の筋肉をガッチリと締め上げるようにします。

その他では転掌(テンショウ)、撃砕(ゲキサイ)第一、第二、最破(サイファ)、征遠鎮(セイエンチン)など。

剛柔流の型は、力強い強烈な一発や華麗な曲線を描く技を組み合わせたところに醍醐味があるといえるでしょう。

試合競技

伝統派空手の試合競技は統一されている。

そのため流派に関係なく、各選手の戦い方は似た感じとなっている。

組手の部は体に触れる前に技を止める寸止めで、ポイント制ルール。

型の部は一人型と団体型があります。

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剛柔流の練習体系

剛柔流は多くの形に枝分かれしてきた歴史があります。

もちろん流派に関係なく、この道場は型を重要視するが、あちらの道場は組手重視だ、という例はたくさんあります。

ところが剛柔流ではまったく別の団体に枝分かれし、発展した部分もあるわけですね。

いい例が極真会館(極真カラテ)です。

剛柔流は守りの空手。

ただひたすら型、型、型。

これでは若く元気な練習生は納得しませんよね。

防具を身に着け実際に叩き合ったりする練習も試行錯誤したようです。

そして直接打撃制(フルコンタクト)を唱える極真カラテの創始者・大山倍達が登場。

この流れは現在でも残っていて、伝統派の剛柔流でも組手を重視する道場もあります。

もちろん型練習を重要視する道場もです。

さらに組手重視を意識した剛柔流修行者が別の剛柔流一派を作ったりと、剛柔流空手も様々なわけです。

そのあたりを吟味して、どの剛柔流道場で学ぼうかと考えるのがいいでしょう。

もちろんあなたのお子さんが空手をやりたい、といった場合も同じですね。

剛柔流空手は型重視と組手重視に分かれている確率が高い、と意識しておきましょう。

また道場によっては肉体鍛錬にそこまで力を入れていないこともあります。

そんなときは先人たちと同様、あなたの創意工夫が必要となるでしょう。

その先には、あなた自身が新たな剛柔流一派を創設するなんてことも。

剛柔流はそんな土台が出来上がっていますよ。

さいごに

剛柔流空手の解説でした。

剛柔流空手の歴史、枝分かれ流派は様々で、かつ複雑です。

ここで紹介した内容だけでは不十分でもあります。

と、同時にとても味わい深い流派でもあるわけですね。

日本を代表する剛柔流空手。

まずは気楽に道場見学に行ってみてください。

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