空手の流派、和道流(伝統派)は古流日本武術と沖縄武術の融合だった

和道流(わどうりゅう)空手は発祥が日本本土という、少し変わった歴史のある団体です。

伝統派空手のひと団体。

伝統派空手とは、柔道、剣道と並ぶ日本武道としての空手団体。

和道流は伝統派4大流派と呼ばれる団体のひとつです。和道流の他に松濤館流、剛柔流、糸東流があります。

和道流の古流日本武術と沖縄武術の融合とは何なのでしょうか?

伝統派4大流派でも一種独特な流れを持つ和道流。

では、いってみましょう。

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和道流空手

大塚博紀(おおつかひろのり 1892~1982)が開祖。

茨城県出身の大塚は10代で神道揚心流柔術を学び、1910年に早稲田大学へ入ると、松濤館流の船越義珍より空手を学びます。

その後、糸東流の摩文仁賢和からも空手を学んだようです。

ただ船越、摩文仁両者は型を重んじていたため、組手(実際に相手と対戦する)練習はなし。

組手練習を求めて、大塚は沖縄出身の実戦空手家、本部朝基(もとぶちょうき)に師事し、組手重視の空手観を深めました。

1931年、東京代々木にある柳生神影流の道場を借り、和道流と名乗り一派を立ち上げる。

また借りた道場が剣術であったため、大塚は剣術にも興味を持ち、和道流空手の体系に組み込んだようです。

日本の空手流派をまとめた記事はこちら
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空手流派の特徴を3つに分類

和道流空手の特徴

組手(相手と攻防の練習)

大塚が初めに修めたのが日本柔術のため、空手の中に柔術の動きが多く入っている。

投げ、逆技、受け身など。

無駄な動きが少なく、最小限の動作での決めを狙う。

またガッチリと相手の攻撃を受けるのではなく、体さばきにより攻撃を流し、即反撃に転じるなど、まさに日本柔術の特徴が現れます。

型(一人で練習するための古伝練習法)

大塚は松濤館流、糸東流の空手を学んだが、型を多くは採用しなかったようです。

平安(ピンアン)、ナイファンチ、慈恩(ジオン)などなど。

また、和道流では「型」ではなく「形」と表記するようですね。

もう一点。

和道流の形は、他の3流派に比べると、腰の位置も高くインパクトが弱いように見られるそうです。

これはより実戦性を追求したために、動きが最小限になったからともいわれます。

試合競技

伝統派空手の試合競技は統一されています。

4大流派それぞれの特徴はあまりないようですね。

組手競技は相手の体に触れる直前に技を止める寸止めで、ポイント制ルール。

型競技は一人型、団体型がある。

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和道流空手の練習体系

松濤館流、剛柔流、糸東流空手の開祖はすべて沖縄出身で、空手以前の沖縄武術である首里手と那覇手を修行していました。

和道流開祖の大塚は茨城県出身で、まず日本柔術を修め、その後に東京で空手を学んでいます。

つまり日本柔術の影響を大きく受けているため、和道流は柔術から生まれた流派と考えてもいいでしょう。

突き、蹴り、投げ、関節技、そして受け身があります。

また約束組手の練習体系が一本目から十本目まであります。

約束組手とは1対1で向き合い、お互いに決められた動き、技を順番通りに出し、実戦的な感覚を習得する練習。

一本目から十本目まで項目があるのは、柔術や剣術の修行過程をヒントに作ったのではないでしょうか。

合気道では「一か条」~「四か条」までの技術があります。

一か条は初心者から学ぶ最も基本的な関節技。

四か条になると、かなり高度な関節技へと進みます。

昔は一か条だけを半年以上練習してから二か条へ進んだといわれます。

現代は曜日によって学べる技の範囲が広がっているようですよ。

さて、和道流に話を戻しましょう。

和道流の戦う理論は最小限の動きで決めること。

松濤館流、剛柔流、糸東流は受け(防御)もガッチリ力強く行うのに対し、和道流では流すように受けます。

さらに受けた手をそのまま伸ばして攻撃に転ずるという感じです。

ここにも柔術や剣術の理論が生きているのでしょう。

松濤館や剛柔流のように肉体のぶつかり合いではなく、相手の攻撃を流してしまう。

ここが和道流最大の特徴といえるでしょう。

さいごに

以上が和道流空手の解説でした。

4大流派の中で唯一本土生まれの和道流。

柔術、空手、剣術が融合した独特のスタイルですね。

ただ残念なことに和道流は分裂しています。

和道流と和道会が存在しますが、基本的には同じものです。

両方を見学し、両派の違いを比べるのも面白いかもですね。

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